
北朝鮮による拉致問題は、なかなか解決の糸口を見出すことができない状態です。
私はこの問題に対し、経済制裁を含め、日本は北朝鮮にさらに強い姿勢で臨むべきだと考える一人です。
そうしなければ早急に事態の解決を図ることが難しい、北朝鮮とはそういう国であることをある程度知っているからに他なりません。
私は2003年、大規模な水害で被災した北朝鮮を訪れ、同行の仲間たちと共に救援活動を行いました。
当然ながら、拉致問題を解決しなければならないという強い思いを秘めての訪朝です。当時の自分が何を出来るわけではありませんでしたが、北朝鮮の高官とも会談することができ、様々な情報を得ることが出来ました。
帰国後、みのもんたさんの番組「あさズバッ」にも出演し、訪朝の模様を報告させていただきました。
アメリカへ交渉に
2005年の衆議院選挙で初当選した私は、早速国会議員で構成される「拉致議連」に参加しました。
そして今年(2007年)11月14日、平沼赳夫団長率いる「拉致議連・家族会・救う会訪米団」の一員としてアメリカへ向かいました。
米国政府関係者に対し、北朝鮮のテロ支援国家指定の解除をしないよう米議会の理解と、拉致問題解決に向けてのさらなる協力を求めるのが目的です。
以下、今回の訪米団の詳細を報告いたします。
今回の訪米団は、平沼赳夫団長に、自民党からは古屋圭司代議士と私まわたり龍治。民主党からは中井洽代議士、松原仁代議士、鷲尾英一郎代議士の計6人が同じ航空機で同行しました。11日から米国に入っていた拉致議連幹事長西村真悟代議士は、一足先にボルトン前国連大使やニクシュ連邦議会調査局アジア調査員と会談をしていてくれています。
11月14日
現地時間の11月14日午前10時にワシントンの空港に着きました。12時間30分ほどのフライトです。現地では2泊4日の日程で、計8ヵ所での会談とミーティングがセッティングされていました。
早速ホテルで議員団、家族会の飯塚副代表・増元事務局長、救う会の西岡常任副会長・島田副会長、最新(2000年)の拉致被害者である金東植牧師夫人らと昼食をとりながら、これから米国の政府関係者・議員と面会するに当たって、どのような説明・提言をするかの確認をしました。
そして矢継ぎ早に、以下の要職者たちと会談を行い、情報交換をいたしました。
15:15、ジェフリー大統領次席補佐官(NSC)
16:15、シン筆頭国防次官補代理(国防省)
17:30、タシック・ヘリテージ財団上級研究員
19:00、ショルティ北朝鮮自由連合のメンバー
特にジェフリー大統領次席補佐官とは、NSC内のニクソン副大統領時代の執務室で面会し、日本の国会議員として以下の意見をしっかり述べ、米国政府の理解を求めました。
「北朝鮮のテロ国家指定解除をすれば日米同盟に支障をきたすことになる」
「拉致議連200名の総意で、北朝鮮のテロ国家指定解除には反対である」
「拉致問題がいまだに解決していないということは、すなわちテロ事件が継続して行われているということである(on going)」
「北朝鮮はシリア、イランへの核施設供与疑惑がある」
私からは、「4年前、北朝鮮に行った時に、現地の人間がバスの中から白い建物を指差し『あそこに日本人がまだ住んでいる』と教えてもらった。まだ北朝鮮に拉致被害者がいると確信した。“拉致”すなわちテロはまだ続いている。拉致や核などすべての問題が解決するまではけっしてテロ支援国家の指定解除と制裁の解除をしてはならない。金正日が喜ぶことをすべきではないと大統領に伝えてほしい」と強く主張してきました。
国防省(ペンタゴン)のシン筆頭国防次官補代理の部屋には、内閣府の「拉致 日本は見すてない」のポスターが貼ってあって、「子どもを持つ者として、同じ痛みを理解できる。早く拉致問題が解決するように祈っている」との発言が同氏からありました。
ちょうどこの日、横田めぐみさんが30年前に拉致に会ったことを伝えると、心痛な面持ちで私たちの話を聞いてくれていました。国防省に強い味方がいるなと感激しました。
11月15日
翌15日、朝9:30からのロスレイティネン下院議員との面会は大変有益でした。
米国の下院に「拉致問題が解決しないうちは、北朝鮮のテロ支援国家指定解除をするべきではない」という趣旨の法案を提出したロスレイティネン下院議員が、「拉致の解決なくして、北朝鮮との関係改善はあり得ない。ヒル次官補と会ってよく言っておく」と応えてくれました。
9月25日の法案提出時は同意する議員が13人でしたが、10月末では28人に増えています。頼もしい限りです。
10:30から会ったブラウンバック上院議員は、「カイル議員やリーバマン議員とも一緒になって、上院でも同じような趣旨の法案を提出する用意がある」と言っていただき、平沼団長はじめ拉致議連訪米団、家族会、救う会のみなさんからも歓喜の声が上がりました。
大変紳士的で優しい議員であり、拉致問題にも理解があります。大統領候補として名前が出たことがあるそうです。まだ若いですから、「こういう人が大統領になったら日米同盟がさらに強固になるな…」と思いながら彼の話を聞いていました。
12:00からはヒル国務次官補に会って、平沼会長や古屋事務局長、中居会長代行、松原事務局長代理からかなり強い口調で、「断じて北朝鮮のテロ支援国家指定解除はしてはならない」と説得しましたが、「私が最終的に決める立場にない。最後は大統領だ」と逃げられてしまった感じです。
ただ、日本の立場を理解する上院・下院の議員の賛同者が増えているので、議会の意見にヒル国務次官補はもちろんのこと、大統領も耳を傾ける必要が出てきたと感じられます。
そして、13:30から面会したローラバッカ下院議員は、カルフォルニア州のオレンジシティ選挙区の元サーファーで “頼もしいおじさん” という印象でした。部屋には昔使っていたサーフボードが3枚、壁にかけて飾られていました。
「すぐに拉致被害者を返せない北朝鮮が、誠実に非核化に向けて対応できるとは思えない。ロスレイティネン議員の法案の賛同者となる」と言っていただき、29人目の頼もしい味方ができました。
「下院外務委員長のラントスがかぎを握っている。どうしたらいいか」と古屋拉致議連事務局長が尋ねると、その場ですぐに電話をしてくれて、「ラントスの補佐官なら、明日なら会えそうだ」とアポを取ってくれました。残念ながら、明日は朝9時にホテルを出て成田行きの航空機に乗らなければならないので、まだ残られる松原仁拉致議連事務局長代理に面会してもらうことになりました。
16:00から面会したラヴィッチ副大統領次席補佐官は、拉致問題の解決の重要性に深い理解を示し、「責任を持って、副大統領に伝える」と約束してくれました。
このあと、National Press Clubで記者会見を開きました。あっという間に1時間が過ぎるほど熱気のある内容になりました。
北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除の条件の一つとして、
1.過去6ヶ月間テロに加担していないこと。
2.今後テロ支援を行わないという約束をすること
となっています。
すべての日本人拉致被害者の帰国がまだなされていないということは、テロは未だ現在進行形であり、このことはかなり米議会の理解を得られると思います。
それにシリアとイランもテロ支援国家として指定されており、これらの国に核施設の提供の疑惑が濃厚な状況にある北朝鮮の解除は、日本のみならず国際社会が納得しません。
「担当者同士(米国と北朝鮮の)が暴走している」とのローラバッカ下院議員の言葉のとおりです。
訪米を終えて
今回の訪米団において、平沼会長は脳梗塞で倒れてリハビリが順調であるとはいえ、2泊4日という、かなりタイトな日程をこなしていただきました。まさに命がけでした。
この成果が実を結び、拉致問題が解決するまでは、北朝鮮に対して毅然とした厳しい対応を米国がしてくれるものと信じています。また、そうなるように更なる働きかけをしていかなければなりません。
残念ながら日米首脳会談では、「“テロ支援国家指定解除”問題であまり踏み込んだ内容がなかった」と聞き、多少残念な思いです。
しかし、私たち拉致議連が訪米団を作って、米国の政府・議会との会談をした成果があったと思います。新たな法案が提出される動き、そしてテロ支援国家指定解除を阻止する法案の賛同者を増やす後押しになったと思います。
11月14日、成田を飛び立つ前に記者会見をし、その場に家族会の横田滋さんがお見えになりました。その日は氏の75歳の誕生日であり、翌15日は30年前、娘の横田めぐみさんが北朝鮮の手によって拉致された悲劇の日でありました。
「この30年間、私の記憶の中ではめぐみは拉致にあった日から変わっていない。ずっと中学生のままです」とポツリとおっしゃった言葉が私の胸に重く残りました。
米国に「非核化」を持ち出して擦り寄る北朝鮮は、よほど国情が苦しいのではないかと推察されます。金融制裁や法執行の制裁が効いている証左であります。
もう少しで根を上げ、ギブアップするところまで来ているのではないでしょうか。今こそ一気にすべての拉致被害者を救出するチャンスです。
指定解除をしたら、北朝鮮が国際的に資金援助を受けることができるようになります。断じて手を緩めてはなりません。
私はなんとしてでも、北朝鮮に残る拉致被害者の完全救出・早期帰国を実現するべく、今後とも全力を傾けていきます。 |