2005年の衆議院選挙で私が立候補した愛知県第3選挙区において、無所属ながら命がけで選挙に臨んだ候補者がいました。
意気込みが命がけというのではありません。正に、己の生命を賭けての選挙戦でした。
その方(A氏とします)は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病に冒され、四肢の機能がほとんどありません。また呼吸障害があるため、常に人工呼吸器を離すことができませんし、言語を発することもできなくなっています。会話は、奥さんが手に持つ文字板を一字一字目で追い、その眼球の動きを奥さんが読み取って言葉にしていきます。
しかし知覚障害はなく、A氏は自らの意思と身体を賭して、ALS等重度の障害者の社会的認知と理解を求め、選挙に出ることを決意したそうです。
選挙戦の最中、奥さんやボランティアに支えられ、車椅子に乗ったまま街頭で「言葉にならぬ訴え」を繰り返す彼と出会い、そして短い間にお互いを深く理解しあい、たたえあいながら選挙戦をすすめました。
彼の立候補には反対も多かったようです。しかし、障害を持つ多くの人々に、夢や希望を与えた事実は称賛されてしかるべきでしょう。
彼は大変聡明な人物で、その志の高さと行動力には感服しました。
開票の翌日、彼は奥さんと共に、わざわざ私の選挙事務所にお祝いに駆けつけてくれました。私はその間、妻と共に泣き通してしまいました。涙が止まらないのでした。本当に素晴らしいご夫婦だと思います。
そんな彼らご夫婦との交わりから、難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」について私なりに関心をもち、少しでも力になりたいと考えています。
この「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」という病気は、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだん痩せて、力がなくなっていく病気です。筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ栄養を供給している運動神経細胞が死んでしまうために筋肉が痩せていき、力が弱くなるのです。
原因はいまだに究明されていません。現在、10万人に一人の割合で発症しており、全国で7000人とも8000人ともいわれる数の患者がいます。
この病気は進行性で、一度発症すると症状が軽くなることはなく、最後は呼吸筋も働かなくなって、大多数の方が呼吸不全で亡くなってしまう難病です。
1986年に、患者が安心して療養できる医療・福祉体制の確立とALSの原因究明・治療法の開発のため、「日本ALS協会」という団体が設立され、活動を続けています。
私は自民党厚生労働部会会長で、党の社会保障関係の最高責任者である大村秀章代議士に、日本ALS協会の関係者およびA氏との会談をお願いしました。
大村代議士は快く引き受けてくださり、某日その会談が実現しました。その席上大村代議士は、ALSの特殊事情をよく検討し、近く厚生労働省で勉強会を開催することを約束していただきました。
ALSに限った話ではなく、重度の障害を有する身であっても社会での活躍が実現できる、そんな環境を作らなくてはなりません。きちんとした理解と人的サポート、そしてユニバーサルデザインによる町や建物の整備が進めば、そんな日もきっと来るはずです。
<介護保険>という制度がますます充実し、健全に発展するためには、財源など難しい問題が山積しています。しかし、かつての日本は、普段の生活の中に弱者をいたわり、さりげない所作の中に手助けという行為が自然に含まれていた、高い共生文化の社会がありました。
こういったことをもう一度鑑みながら、A氏が大いに活躍できる社会へと、共に働きかけを進めていきたいと思います。 |